「楽曲派」は「音楽の言語化」をするべし

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なんかnoteというサービス使ってみたんだけど、ブログあるしブログでよくね?
つって、同じ文章を再掲しちゃうパターン。

元記事はこれ☞https://note.mu/gchan_00/n/n16967d0096f9

この文章を書いたのも、

いつも書いてる「歌の感想(歌詞をあえて考えないパティーン)」が楽曲派オタクの中でもっともっと盛り上がってほしい!!!!

から。

というかんじです。

とりあえず、内容は「歌の感想(歌詞をあえて以下略)を書く時の考え方」です。

読んで😊🙏!

どうも、楽曲派オタクです。

「歌の感想を書いちゃいました」

という内容の記事。
ウチのメインコンテンツ(と俺は思っている)。

歌詞で世界観を語る記事はよく見かけますが、音から世界観を語るのはあまり見たことなく、「こういうのが読みたいんですが……」的な感じで書いてるやつです。

……まって、音から世界観を語る……?
まぁ、音を言語化していくというプロセスなんですが、例えばこんな感じ。

🔗「Girls²、ダイジョウブの感想文」

↑これは「ダイジョウブ」という歌の「メロディ」と「伴奏」毎に感想を書いたものです。
ちなみに、この感想文は作曲者の方に見つかりました。
他にも、

🔗「キラッとプリ☆チャン劇中歌、SUPER CUTIE SUPER GIRLの感想文」

とか。この記事はコードを音で聴けるようにしてみたりしてます。
はたまた、洋楽を聴いて

🔗「アリアナ・グランデ、thank u,nextの感想文」

とか。日本の曲だろうがアメリカの曲だろうが、同じ知識で聴けるのは音楽の素晴らしいところですよね~🎶

これらの感想文は、歌詞についてほとんど言及していません。
じゃあ、どんな思考プロセスで書いてんの??みたいな話を以下に。

「歌」ってどうやって聴く?

歌は言語を伴う音楽なので、ファーストインプレッションで「歌詞による世界観を覚える」ことは多いと思います。
しかし、歌の「世界観を形作る要素」は言葉だけではありません。
歌詞をのせている「音(=メロディ)」もその構成要素のひとつです。
また、そのメロディを包み込む「音たち(=伴奏)」だって世界観を構成しています。

音楽は芸術の一分野ということで、非言語的なモノを形にしています。
つまり、「歌の世界観を形作る『音』」は「言語化された世界観」ではありません。
非言語的な世界観は自らのなかで「感情」としてしか認識できないはず。(少なくとも俺はそう)
その感情を「同じ感情を覚える『視覚的な情景』」に置き換えると、「聴いてる音楽」を「観ている景色」に変換できます。(俺の場合)

そんな感じで、
「歌の音部分」→「景色」
とできれば、言語化も近いです。
「抽象的なプロセス」から「具体的な動作を伴うプロセス」に落とし込んでる感じ。
そうして、歌詞以外の部分から「言語的な世界観」を得て「歌」を聴く、それが俺の聴き方です。

この聴き方で聴いていくと、意外と歌詞の世界観とリンクしてたりして、「作家さんスゲーな……」と感心してしまうことも多々。
リンクしてると思うということは、似た感情を覚えている可能性があるということで、「この作家さんと感性似てるのかも……」という方向に考えるのもアリ。

オタクたるもの、感情は言語化すべし

音楽は、さっきも言ったように芸術の一分野なので、非言語的なモノです。
世の中「非言語」の方が多く、言語で説明できることなんか割合で言えばほとんどないです。
それでも、人間がなにかを考えるには言語で考えなくてはなりません。ジレンマだなぁ。

つまり、音楽を言語的に説明することは非常に困難なんですが、でもなんとか相手に伝えるには言語にしないといけない……

例えば、「この歌のこの音が良い」ということを誰かに伝えようとするとき、
ただ単にその部分を聴かせたところで
「良いと思った自分の感情」と同じ感情を「聴かせた誰か」が覚えてくれるか
といえば、そんなことはありませんよね。

そして、両者が具体的に「良いところ・悪いところ」を列挙できないと、
「良い悪い議論」すら出来ないので、その両者間にはなにも起きずに終わります。
これが「この歌のこの歌詞が良い」として、その部分の歌詞を読ませると、
「言語による具体的な情景」が各々うまれ、それを基に「具体的な良いところ・悪いところ」の意見がうまれ、「良い悪い議論」に発展できます。

なにが言いたいのかというと、つまりは「オタクは非言語的世界観(=非言語的感情)を言語化出来る必要がある」ということです。

歌ものの議論でよく見るのは、「歌詞から得られる世界観の考察」なんですよね。
「音から得られる世界観の考察」はあまり見たことがなく、そんなところでブログをやってる、という部分はあります。

感情を言語化すべきオタクのなかでも特に出来てほしいタイプがいまして。
世の中には「楽曲派」と呼ばれるタイプのオタクがいるんですが、これは「楽曲大好きな人」のこと。
そういうオタクは「音楽を具体的に熱弁」出来る必要があります。

まぁ、「音楽」に限らず「非言語的芸術(二重表現みたいになった)」のオタクは博識人ぶるための「言語化すること」をやった方がカッコいいですね。
評論家的な感じで。

楽曲派オタクに重要なこと

とりあえず楽曲派にフォーカスしましょう。

まず、「楽曲派」タイプのオタクは「音楽オタク」を兼任してください。
音楽知識があると、「世界観の言語化」が容易になります。

楽典的知識、和声的知識、音楽の地域差の知識、楽器の知識、音の物理学的側面の知識etc.

挙げればキリがないですが、多ければ多いほど「音の性質」を具体化出来るので、「その感情を引き起こす『音の性質』」を言えれば説明として強く出来ます。

そして、楽曲派は「楽曲の好き嫌い」を「楽曲を知ってる・知らない」に置き換えてはいけません。

「この歌は○○が歌ってて○○が作っててよく聴くから好き」……は全然アリですが…

「この歌はインドのよく知らない男の人が歌ってるし初めて聴いた(=知らない)」を「嫌い」とか思ってませんか?

「どっかのクラブで掛かってるうるさいしほとんど聴いたことない曲(=知らない)」を「嫌い」とか思ってませんか???

楽曲派は好き嫌いの判断は「聴き込んでから」するようにしましょう。
それはすなわち、「ジャンルで食わず嫌いをしない」ということ。
ジャンルで括って聴かない曲を絞ってしまうと、音楽知識も増えないし、好き嫌いの判断をするための比較材料も増えないし、「楽曲派」オタクとして良いことがありません。
「ジャンル分け」という抽象化より、一曲一曲をじっくり聴き込むことが楽曲派にとって重要です。

あとは、必須ではないですが、楽器弾けるといろいろ捗るかも。
言語化して反芻することが重要ですが、言語化前に反芻するのも「言語化プロセス」を省くので整理するのが早いです。
そこから言語化すれば、ある程度整理されたものを言語化するので、「言語化プロセスに時間がかかる」場合でも多少楽にはなるかなぁと思います。

楽曲派の感想文増えろ!!!

長々話しましたが、つまり「俺のブログみたいなきもちわるい楽曲派のきもちわるい感想文(長文)」を書くような楽曲派が増えればいいなぁ、というところです。

そして、楽曲派じゃない方々にも「こんな『歌』の聴き方もあるのか」と知っていただいて、「こんな聴き方」をしてみてほしいなぁ、と。

そんなところです。
「楽曲派」の皆様、何卒よろしくお願い致します。

あと、一例としてでいいので……
俺の感想文も読んでね❤️

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